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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10245号 判決 1970年2月13日

原告 田島フク子こと 田島ふく

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 野田純生

被告 竹村史朗

右訴訟代理人弁護士 落合長治

同 大森清治

主文

一、被告は原告田島ふくに対し金八万円を支払え。

二、原告田島ふくのその余の請求ならびに原告田島和加子および原告田島昭吾の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は原告らの負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

「被告は原告らに対し別紙物件目録記載の建物部分を明渡し、かつ、原告田島ふくに対し金一七万八三七〇円、原告田島ふく、同田島和加子、同田島昭吾各自に対し昭和四一年七月一二日から右明渡し済みに至るまで一ヵ月金九七七四円の割合による金銭を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告田島ふくは被告に対し昭和三七年一二月一七日別紙物件目録記載の建物部分を賃料月額二万円(毎月末翌月分を前払)、権利金二〇万円(返還せず)、期間昭和三八年一月四日から昭和四一年一月三日まで、もし右期間を更新するときは満了の日に二年間の更新料八万円(返還せず)を支払うこと、賃料は国鉄東京―大阪間の二等旅客運賃額に変動があったときは、それに比例して自動的に増減するとの約定で賃貸した。

二  被告は右期間満了時に本件建物部分を明渡さず、更新を求め、占有を継続した。

三  (一) 東京―大阪間の国鉄二等旅客運賃は、従来一一八〇円であったものが、昭和四一年三月五日から一七三〇円となったので、本件建物部分の賃料月額は、同日から前記の約旨にもとづき当然に二万九三二二円となった。

(二) 仮りに前記約定の趣旨が賃料は原告田島ふくから被告に対して通知がなされたときから増額されるものであるとすれば、同原告は同年三月三〇日に被告に到達した書面で賃料月額が二万九三二二円となったことを通知したので、この通知のときより賃料月額は二万九三二二円となった。

(三) 仮りに右主張が認められないとしても、原告田島ふくは同年三月三〇日に到達した書面により同年四月分以降の賃料月額を二万九三二二円に増額することを請求した。

四  原告田島ふくは被告に対し、同年七月六日到達の書面で、更新料八万円と増額後の同年四月一日以降同年六月末日までの賃料八万七九六六円、合計一六万七九六六円を、書面到達後五日以内に支払うよう催告し、不履行の時は右期間の経過により賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたので、同年七月一一日の経過により、右賃貸借契約は解除された。

五  よって原告田島ふくは被告に対し前項記載の一六万七九六六円と同年七月一日より同月一一日までの賃料一万四〇四円の合計一七万八三七〇円の支払を求め、かつ本件建物部分は原告ら三名の共有(持分各三分の一)に属するから、原告ら各自は被告に対し、その占有する本件建物部分の明渡しと、被告が本件建物部分について権限なき占有を開始した同年七月一二日以降明渡ずみまで、賃料相当額二万九三二二円の各三分の一にあたる月額九七四四円の損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因第一項中「賃料は国鉄東京―大阪間の運賃に変動があったときは、それに比例して、自動的に増減することの約定があった。」という点は、第二回口頭弁論において認めたが、それは真実に反し錯誤に基くものであるから取消し、否認する。その余の事実は認める。

二  同第五項は認める。

三  同第三項(一)の事実のうち原告ら主張の如く国鉄運賃が増額されたことは認め、その余の事実は否認し、同(二)の事実のうち原告ら主張の書面の到達は認めるが、その余の事実は否認し、同(三)の事実は否認する。

四  同第四項のうち原告ら主張の書面の到達は認め、その他の事実は否認する。

五  同第五項のうち、原告らが本件建物部分を共有し、被告がこれを占有していることは認め、その他は争う。

(抗弁)

一  (一) 請求原因第一項記載の賃料増額に関する約定が、仮りに他の一切の経済事情を考慮に入れず、単に東京―大阪間の国鉄二等旅客運賃に比例して賃料が自動的に増額されるという趣旨であるならば、かかる約定は信義則違反、借家法違反で無効である。

(二) 従って、本件賃料月額は未だに二万円であるが、被告が昭和四一年一月三日に原告田島ふくに対し同年一月分の賃料として二万円を現実に提供したところ受領を拒絶されたので、同月一四日に右二万円を弁済のため東京法務局に供託した。更に、被告は、同年二月分については同年一月三一日に、同年三月分については同年二月二八日にそれぞれ金二万円を同原告に現実に提供したがいずれも受領を拒絶されたので、二月分については同年一月三一日に、また三月分については同年二月二八日にそれぞれ弁済のため同法務局に供託した。

このような事情で同原告の受領拒絶が明白であったので、被告は同年四月分以降の賃料についてはその支払期に同原告に提供することなく東京法務局に供託している。

二  原告主張の更新料についての約定は借家法第六条によって無効である。

三  仮りに原告ら主張の如く本件賃料が増額されたとしても、原告田島ふくの前記催告には無効な更新料八万円が含まれているのみならず催告にかかる昭和四一年四月ないし六月分の賃料のうち毎月二万円宛合計六万円については前記の如く有効な供託がなされているから、同原告の催告は過大催告として無効である。

仮りに右催告が有効であるとしても被告の履行遅滞額は金二万七九六六円(増額された賃料月額二万九三二二円と被告の供託した月額二万円との差額金九三二二円の三月分)に過ぎず、このような僅かな額の遅滞を理由とする解除は効力を生じない。

(抗弁に対する認否)

一  (一) 抗弁第一項(一)は争う。

(二) 同(二)のうち供託の事実および昭和四一年四月分以降の賃料の供託前に現実の提供も口頭の提供もなされなかった事実は認め、その余の事実は否認する。

二  抗弁第二項は争う。

三  同第三項は争う。

(自白の取消に対する異議)

被告の自白の取消には異議がある。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第一および第二項の事実については、「家賃、更新料は国鉄東京―大阪間の二等旅客運賃に変動があったときは、それに比例して自動的に増減することの約定があった。」という点を除いて当事者間に争いがなく、原告らが本件建物部分を共有し、被告がこれを占有していることも当事者間に争いがない。

二  そこで被告の自白の取消の効果について判断する。

原告ら主張の内容の賃料の増減についての約定によれば、現実には賃料の減額がなされる場合は考えられず、賃料が著しく高額になることが容易に予想される。その場合賃借人は賃料不減額の特約があっても賃料減額請求権を有するが、これも賃借人の保護に充分ではない。すなわち、本件賃貸借契約成立当時の借家法によれば、賃借人は減額請求した額が後に判決により不相当と認められた場合賃貸借契約を解除される危険を負っているからである。また賃料の額が非常に半端な額になることもある。これらの点から前記約定は借家人にとって一方的に著しく不利益な点が多いから、当事者間を法的に拘束する約定として成立するためには、契約書がある場合には、それに疑いの余地のないように明確に記載されていなければならない。

≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約の契約書の第一三条には、特約として、「家賃及び更新料は現行の東京大阪間国鉄運賃を標準としてそれに準じて変化する事を両者承諾する」との記載のあることが認められる。しかし、この文言は原告ら主張の意味に解釈することが不可能ではないけれども文章自体から明確とはいえず、また、原告田島ふくと被告との間で右特約の意味を原告主張の意味に了解して本件賃貸借契約を締結したと認めることができる証拠もない。

このように、本件賃貸借契約の賃料が東京大阪間の国鉄二等旅客運賃の増減に比例して自動的に増減するとの約定はなかったと認めることができる。従って、被告の自白は真実に反するし、また前記のように契約書の条項が原告ら主張の意味に解釈することも不可能でないことから錯誤に基くものと認められるから、被告の自白の取消は有効である。

三  (一) 前項に述べたところから明らかなように、原告ら主張の内容の賃料の増額についての約定は、増額の効果が原告田島ふくから被告に通知されたときから生じる趣旨の場合も含めて存在しないから、本件建物部分の賃料月額が右約定に基き昭和四一年三月五日或いは同月三〇日から二万九三二二円になったとの原告らの主張は採用できない。

(二) 次に、原告田島ふくの増額請求の事実は、これを認定することのできる証拠はない。≪証拠省略≫によって認められる同原告の代理人訴外野田純生の被告に対する昭和四一年三月二九日付書面を増額請求の意思表示と解釈することはできない、同書面は明らかに前記契約書第一三条の特約が原告ら主張の内容であることを前提として、右特約に基き本件建物部分の賃料が一ヵ月金二万九三二二円に自動的に増額されたことを通知しているものであり、借家法に基く増額請求とは全く性質の異るものだからである。

従って、原告らの増額請求の主張はその他の点を判断するまでもなく採用できない。

四  原告田島ふくと被告との間に本件建物部分の賃貸借契約の成立時に、賃貸借契約の期間を更新するときは更新料八万円を支払うとの約定のあったことおよび右賃貸借契約が更新されたことは当事者間に争いがない。そしてこの約定を借家法第六条により無効とするべき理由はない。

五  (一) そこで原告田島ふくの本件賃貸借契約の解除の効果について判断する。

原告田島ふくが被告に対し昭和四一年七月六日に到達した書面により更新料八万円と同年四月一日から同年六月末日までの賃料として八万七九六六円を右書面到達の日より五日以内に支払うよう催告したことは当事者間に争いがない。

更新料は経済的には賃料の前払いの性格をもつ場合が多いが、法律的には賃料とは別個のものであるから、その催告は本件賃貸借契約の解除権を発生させない。(更新料の不払いは賃貸借更新契約の解除原因となるが、原告らが賃貸借更新契約の解除を主張しているとしても、昭和四一年一月三日の期間経過後被告が本件建物部分の使用を継続していることは当事者間に争いがないから、本件賃貸借契約は法定更新され、被告の本件建物部分の明渡義務が発生する余地はない。)

(二) 第三項で認定したところから明らかな如く昭和四一年四月一日から同年六月末日までの本件建物部分賃料月額は二万円であるから、その合計額は六万円となるが、原告田島ふくの前記催告中賃料に関する部分は、次項に認定する事情から、八万七九六六円全額でなければ受領しないことが明らかであるから、金六万円の催告としては無効である。

(三) 従って、原告らの本件賃貸借契約解除の主張は採用できない。

六  (一) 被告が昭和四一年四月分から七月分までの賃料として毎月二万円をその支払期である各前月末日に原告田島ふくに対し現実の提供も口頭の提供もすることなく東京法務局に供託していることは当事者間に争いがない。

(二) 被告が原告田島ふくに対し、昭和四一年一月一四日に一月分の賃料二万円、同月三一日に二月分の賃料二万円、同年二月二八日に三月分の賃料二万円をそれぞれ東京法務局に弁済のため供託したことは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、被告は同原告に対し、昭和四一年一月三日、同月分の賃料として二万円を、同月三一日に同年二月分の賃料として二万円を、同年二月二八日に同年三月分の賃料として二万円をそれぞれ現実に提供したところ 同原告から賃料として一月二万四〇〇〇円を要求されていずれも受領を拒絶されたことを認めることができる。その後同原告が賃料の一部としてでも二万円を受領する意思を被告に表示したことを認めることのできる証拠は全くない。

以上の事実によれば、被告が同年四月分以降の賃料を同原告に対して提供しても受領を拒絶されることが明白であったと認められるから(一)項記載の被告の供託は有効である。

(三) 従って、原告田島ふくの同年四月一日以降同年七月一一日までの賃料の請求は月額二万円の限度においても理由がない。

七  以上に述べたところから明らかなように、被告は原告田島ふくに対し八万円の更新料を支払う義務があり、同原告の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余の部分およびその余の原告らの請求はいずれも理由がない。

よって、原告田島ふくの本訴請求を右の限度で認容し、その余の部分および原告田島和加子、同田島昭吾の本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野孝久)

<以下省略>

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